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【第2章】鑑賞者教育

2 鑑賞者教育

 2009年に開催された展示会来場者数の順位で日本の古典美術展のみが上位10位の半分を占めていたのと対照的に、米仏の現代美術展が入っていたのは何の影響によるものなのだろうか。現代美術作品はそれ以外の美術作品と異なり、鑑賞する為には一定の鑑賞力が必要であると考えられている。また、幼年の頃に美術と接した度合いによって成人後、美術の愛好家になるかどうかが決まるとアメリカの調査結果で言われている。では、米仏と日本の鑑賞者の鑑賞力の差はその鑑賞者教育によって生まれているとは言えないだろうか。本章では、日米仏で実施されている子どもたちへの鑑賞者教育を比較分析しこの問いに答えたいと思う。

2-1 米仏の鑑賞者教育

現代美術鑑賞者が日本と比べ多いと考えられる米仏が行っている鑑賞者教育は一体どのようなものなのだろうか。

アメリカ
【義務教育期間】6~15才
【教科書】州の自由裁量
【シラバス】州の自由裁量
【教育制度における美術】美術、音楽、舞踏、演劇を含む芸術からの選択
フランス
【義務教育期間】6~16才
【教科書】小学校、各県で認定リスト。中学校、自由
【シラバス】学校種ごとに統一
【教育制度における美術】全仏統一。1時間/週、義務教育で必修教科
日本
【義務教育期間】6~15才
【教科書】文部科学省が公示する教科用図書検定基準に合致した教科用図書を使用
【教育制度における美術】 時間/週、小学校(図画工作)中学校必修教科、高等学校では美術、音楽、書道、工芸を含む芸術からの選択。1990年代から美術館との連携を推奨

米仏とも、表を見る限り教育機関における美術教育は日本とさほど変わらないように見える。では、アメリカとフランスの鑑賞者はどのようにして育ってきたのだろうか?また、日本と米仏の鑑賞者教育の差は、各国の現代美術鑑賞者数の差をも生み出すものなのだろうか。本章では、米仏の鑑賞者教育の分析を通じこの問いに答えたいと思う。

(1)鑑賞者研究
 現代美術作品の鑑賞者が何を考え、どのように作品と接しているのかについての研究は、日本では未だ行われていない。ニューヨーク近代美術館の教育部は発達心理学者のアビゲル・ハウゼンがと共同で鑑賞者研究プロジェクトを立ち上げ、鑑賞者がどのような傾向を持っているのかを明示した。

1:Narrative stage
物語の段階 作品を見て、自分自身の物語を作る。自分の記憶や経験へと話が逸れ、「鑑賞」からどんどん離れていく。
2:Constructive stage
構築の段階。好き嫌いだけでなく、アートの質を考え始める。自分の中にアートの定義、あるいは人生の価値観に対する定義があるためそれに当てはまらないと不安に感じ、ときにはそのために反感、怒り、抵抗をみせる。
3:Analytical stage
分析・分類の段階。理論と理性で作品をみようとする。主観的な発言は避け、作品を見て考えるというよりも、作品についてのデータを求めている。
4:Interpretive stage
解釈の段階。自分の主観、感性、知識を駆使して鑑賞できる。作品に関する知識もあり、目の前にある作品にとどまらず、そこから他の作品やメタファーなどにも考えが及ぶ。
5:Creative stage
創造の段階。この段階の人は、作品から作品以外のこと、例えば自分の人生や経験、感情等の芸術以外の世界にも自由に行き来できる。まるで幼なじみと遊ぶように作品と遊べる人。

上記の段階は、鑑賞者研究プロジェクトを通じ提唱された、鑑賞者のアートリテラシーレベルの一覧 である。段階5の人は当時の来館者の中に0.1%程しか存在しなく、また1と2の段階の人が美術館来館者の中に最も多いこともこのプロジェクトを通じて判明している。
このプロジェクトにより、ニューヨーク近代美術館はどのような鑑賞者がどのようなサポートを必要としているかを考えはじめると同時に、鑑賞者にアートリテラシー 、を与えることを目的に多様な教育プログラムの提供を企画した。
同じ現代美術作品を鑑賞していたとしても受け手側のアートリテラシーレベルによってその作品から受け取るものは大きく異なり、現代美術と出会っていながらその面白さがわからない人があまりにも多く、その人たちのために現代美術をより楽しむ機会を提供することがその企画趣旨である。
 また、アメリカでは戦後、子どもたちの年齢別鑑賞傾向の研究が行われている。
その研究では、6~8歳、8~10歳、11~13歳、13~15歳の各年齢時期に人物画を見せて「主題」「色彩」「技術」「写実性」「情緒」への興味の度合いを調べている。それによれば6~8歳の興味の対象は「主題」が大半を占める。次が「色彩」でその半分ぐらいの割合を占める。「写実性」「技術」「情緒」への興味は皆無か殆ど無い。8~10歳になると「写実性」「技術」「情趣」が少し出て来るものの、基本的には前時期と変わらない。11~13歳になってやっと「主題」「技術」「色彩」「写実性」が20%前後の値を示す。それでも「情趣」は5%しかない。
アメリカの、しかもやや古い研究であるという留保を付けながらも、同研究から子どもたちの美術鑑賞における興味のあり方のイメージが得られる。すなわち、小学校低・中学年では美術作品は基本的に主題(意味内容)を軸に鑑賞され、次に色彩が位置する。高学年に「主題」「色彩」と「技術」「写実性」が拮抗する。それでも「情趣」への興味はあまり無いとされている。

①対話型鑑賞、VTCプログラム
 では、これらの研究結果を元にアメリカで行われている鑑賞者教育プログラムとは一体どのようなものなのだろうか 。その事例として、VTCプログラムとアメリア・アレナスの提唱する対話型鑑賞を挙げてみたいと思う。
 まず始めに、VTC(ヴィジュアル・シンキング・カリキュラム)プログラムの実施内容とその成果を考察したい。1980年代は、アメリカでは教育現場から芸術の時間が次々と削減されていった時代であった。「芸術は役立たず」という観念が政府だけでなく一般の人たちにも広まった時代でもある。そこでニューヨーク近代美術館は「芸術、特に作品をみるという鑑賞行為が、広い意味での教育あるいは人間形成にも役立つツールになる」という仮説を立て、小学校4年生から6年生を対象としたVTCプログラムを企画した。VTCを経験することで子どもたちの洞察力、熟思力、コミュニュケーション能力などを培うことが出来れば、それは美術の時間にとどまらず教育全般に有用だといえるだろうと考えたのだ。3年間を1単位として行われるこの実験的試みを行うに当たって、ニューヨーク近代美術館は対象となるグループを以下の4つに設定した。

1:VTCを全く受けないグループ
2:1年間、2年間、3年間それぞれ通して受けるグループ
3:2で学級担任に授業を受けるグループ
4:2でニューヨーク近代美術館の教育者から授業を受けるグループ

学級担任は美術を専門としているわけではなく、先述したハウゼンの鑑賞者研究に基づいて分析すると、そのアートリテラシーレベルは1か2に分けられる。つまりは美術鑑賞の初心者なのだ。そこでニューヨーク近代美術館は最初に教師のための授業を40時間行った。子どもたちの多くはレベル1の鑑賞者であるため、作品の全体を組織的に見ることができないと予測された。そこで、子どもたちに適切な作品鑑賞方法として、ニューヨーク近代美術館は授業で教師たちへ美術史の知識を与えるのではなく対話型鑑賞方法を教えたのである。対話型鑑賞とは対話を通じて楽しみながら作品理解を深められる1つの鑑賞方法である。この鑑賞方法の特徴は、説明する美術史や美術家の情報を最小にとどめ、観客の鑑賞力そのものを高めることを目標としている点が挙げられる。また、参加者は教師の話を聞くのではなく、対話などを通じて自分の言葉で作品から感じたことを表現する方法、つまり鑑賞にとどまらず作品を批評するスキルも身につけられるのだ。それにより、鑑賞者が自立して作品を鑑賞することが出来るようなると考えられる。また、子どもたちが対話型鑑賞を繰り返し行うことで、他人の意見を聞くことやそれに基づいて自分の意見を述べること、その理由を考える力を身につけることが出来るかが、VTCプログラムが最も重要視する所でもあった。
この実験の結果、VTCを全く受けていない生徒のステージには殆ど変化が見られなかったが、VTCを3年間学級担任から受けたグループは全体で最もステージが上がった。更に観察力の面で特に大きな進歩が見られたことから、的確にものを見・考え・話し・聞くという訓練がいかに通常の授業でなされていないか、もしくは行われていても効果を上げていないということが判明した。しかし訓練次第で子どもたちは確実にそういった力をつけていくこと、その訓練が作品を見るということで行えることがこの実験により立証されたのである。
また、このプログラムに参加した子どもたちの中には、自主的週末毎に美術館のガイド役を務めて、大人に説明を自主的に始める子もいた。そうした子どもは成績も全般に向上した。話をする訓練を積んだことで読む力と書く力が増し、論理的な思考を学ぶことで数学と理科の理解も深まったからだ。
VTCの実験を通じてニューヨーク近代美術館は、対話型鑑賞を行うことで子どもたちは美術に慣れ親しむだけでなく、洞察力、熟思力、コミュニュケーション能力の向上及び読解力、文章力、論理的な思考、社会科学の分野の関心を身につけられることも分かった。また、それにより学力向上、進路選択へ好影響を与えられる可能性があることを立証することへも成功したのだ。
 次に、アメリア・アレナスの提唱する対話型鑑賞をみてみたい。アレナスの対話型鑑賞はVTCプログラムを更に発展させ、子どもたちの年齢にあわせた作品の選別や、成長度合いにより想定される子どもたちの発言を対話へどのように取り込むかをマニュアル化したという特徴が挙げられる。
日本の美術館はギャラリートークなど「聴講型の鑑賞」が多いと言われているが 、「対話型の鑑賞」はニューヨーク近代美術館やメトロポリタン美術館を始めとするアメリカ各地の美術館の主流の鑑賞方法と言える。
心理学者のロジャースは、カウンセリングの基礎について次のように述べている。
「クライアント中心であること、つまりクライアントの中にある成長への力と能力を、十分に働かせることに重点がおかれる。別にカウンセラーの豊富な知識が要求されているわけではない。クライアントの発言をよく聞き、彼自身がどのように感じ、どのように生きつつあるかの理解に努めていけば、クライアントが解決を自ら生み出していくことが可能なのである。カウンセリングの基礎は、クライアントが自ら気づき、成長していくことを可能にするような雰囲気を作り出すことにある。」
この意見を元に考えると観衆中心の芸術理解・芸術体験に重きをおく対話型鑑賞は鑑賞者育成に非常に適していると考えられる。観衆の意見をよく聞き、観衆がどのように感じ、どのように理解しつつあるかを注目することに基本を置けば、教師や学芸員の専門的な知識無しに、観衆は自ら気付き、成長していくことが出来るのだ。
アメリア・アレナスの対話型鑑賞方法は3点の基礎と5つの視点から成り立っている。基礎において最も重要とされるのは観衆の意見を受容することであり、それを成り立たせる要素が5つの視点となる。

(基礎/視点、の順に表記)
受容―観衆の意見を受容する/受け入れる
交流―観衆相互の対話を組織化する/観衆の意見から始める
統合―観衆の意見の向上的変容を促す/良さを見つける
                ほめる
                ともに喜び、ともに楽しむ

上記の要素を元に対話型鑑賞の手法はアメリア・アレナスのもと更に深化しており、言語的、非言語的働きかけ等の具体例がマニュアル化されている。また、1998年にアメリア・アレナスが水戸芸術館、川村記念美術館、豊田市美術館で行った対話型鑑賞教育は、当初日本の子どもたちは欧米の子どもたちと比べ積極性が低く失敗するのではと懸念されていたが、最終的には成功に終わったことも注目すべき事例と言えるだろう。

(2)パーフェクトパトロン育成事業
 欧米にはパーフェクトパトロン という言葉がある。パーフェクトパトロンとは、顧客であり、パトロンであり、ボランティアであり、アートの精神的擁護者でもある人のことを指す。アメリカの芸術団体はパーフェクトパトロンのいるコミュティー育成に余念がなく、美術館を始め数多くの芸術団体がそのことを目的とした、様々な鑑賞教育プログラムを行っている。

1:団体の活動に興味を持たせ、最初の1枚のチケットを購入してもらう。この段階が2~3年続く。
2:何度も来てもらえるようシーズンチケットを買ってもらい、さらにメンバーシップ(友の会)に入会してもらうことで、様々なイベントに参加してもらう。(メンバーシップフィーには多少の寄付も含まれている)。この段階が5年続く。
3:団体に対して深い関心と理解を持ち、金銭面、精神面での団体の擁護者になってもらうと同時にメンバーシップフィー以外の寄付をしてもらう。
4:ボランティアとして団体の活動を支えるようになる。

子供のころに芸術環境の機会に恵まれた者は大人になってもアートの愛好家になりやすいという調査結果が出ていることから、子どものための芸術教育は将来のパトロンやチケットバイヤー、コレクターの育成のために必要不可欠と言われている。
また、現代においては芸術団体のボランティアの数は一般市民と芸術団体との関係のバロメーターとして助成金審査の参考資料とされている。地元民も指示しない団体に助成は無用と考えられているからだ。アメリカでは、鑑賞者教育よりもパーフェクトパトロン育成の意図がアウトリーチ活動で強い傾向にあるとも考えられる。行政よりも民間団体による美術館が多いアメリカにおいて、展覧会などにおける観客動員、収益黒字化のためには、芸術団体に関心を持ってもらいその活動を理解してもらうことが欠かせない。それでも芸術の場に足を運ぶ人は全人口のうちわずかなので、さらに幅の広い層に興味を持ってもらうためにコミュニティーに向かってアウトリーチプログラムを実施する。観客動員において、次のステップは、教育プログラムを通してより深いレベルで芸術と接することができる機会を提供することでパトロンとしての観客を増加・維持することだ。パトロンとして観客の興味を引くための友の会やボランティア、更に資金援助のみならずカウンシル のような団体の一員として運営にも関わっていけるような仕組みがある。
 アメリカの教育機関では美術は必修ではなく選択制で、美術館主導での先述したような理論研究は高度に進んだが、実践家や検証がなされず専科の美術教師も少ない状況にある。それとは対照的に美術館では「美術は公共益である」という理念の下より幅広い層の美術享受を目指しているため、美術教育の重要性は浸透している。美術館のみならず、コンサートホールなどのあらゆる文化施設で子ども向け教育プログラムを中心に、障害者を含む様々な人を対象にした熱心な美術教育プログラムが実施されているのだ。また、子ども中心の教育プログラムが盛んであることのもう1つの理由には、ニューヨーク市の場合、市が学校への助成金を削減したため多くの学校で美術の授業が中止され芸術教育の役割が学校から芸術団体に移行したことが挙げられる。子ども時代にどれだけ美術鑑賞をしていたかが、パーフェクトパトロンになるか否かの分かれ目となるあることもあり、アメリカの美術館は将来のスポンサーやチケットバイヤーの育成に投資しているとも考えられるだろう。また先述した通りアメリカの芸術団体は、助成金審査を受ける際にボランティアの数の調査が入るため活動を存続させるためにはボランティア、つまりはパーフェクトパトロンを育てることが最重要であるといっても過言ではないかもしれない。
 アメリカでは小中学生、高校生を対象にした鑑賞教育が各々の美術館で実施されていた。極めて一元的な見方ではあるが、アメリカの美術館や芸術団体が地元民から指示されることで得られる助成金やその協力によって運営されていることから、1980年代から美術館のある地域では地域住民(子どもたち)への鑑賞教育が実施されていたとは考えられないだろうか。

(3)学校によるアートリテラシー教育
 フランスでは、どの学年にも使用可能な、絵画、写真、映画を一挙に扱った横断的なイメージ文化入門書「イメージ・リテラシー工場」 が1980年代末に出版され教育機関において現代でも広く使用されている。
フランスの教育機関へ「映像の視聴、分析、資料の論評、イメージと音による表現と創造」という新しい学習習慣が教育現場へ持ち込まれた当初、多くの教師たちはそれをどのように扱えばいいのか戸惑ったといわれている。イメージ・リテラシー工場の趣旨は「こうした教師の要望に応え、簡潔な理論的入門の役割を果たす教科書を提供するとともに、180の多様なエクササイズを用意してイメージの実践への意欲を引き起こし、学際性を促進し、表現と制作へ意欲を発展させることにある」とあり、子どもたちのみならず鑑賞教育を行う教師にとっても有効な入門書であったことは創造に難くない。事実、フランスの1980年代から今日に至るイメージ・リテラシーをめぐる教育現場の状況はイメージの指導をめぐって教育現場が混迷していた時代から、90年代に入ると、着実にイメージ教育は進展・定着してきている。この入門書の存在は、美術教育の外枠が日本とそう変わらないにも関わらずフランスでの現代美術展来場者数が極めて高い数値に保たれていることへの説明にはならないだろうか。
 また、フランスでは文化通信省と国民教育省が連携をとり、全ての教育における視聴覚的言語活動と視聴覚作品に対する教育的入門指導を統合し、これらを進級・選抜試験に組み入れている。イメージ教育が公式にカリキュラムに組み込まれ、バカロレア へも出題されている。更に小中学校やリセ の教育課程においても、イメージリテラシー教育の比重が増大しているのだ。2005年の文系バカロレアの核となる試験では、文学と映画の関係についてカフカの『審判』とオーソン・ウェルズがそれを映画化した『審判』のある部分の比較をせよ、という問題が実際に出題されている。
これらのことよりフランスの鑑賞者教育は日本のそれと比較しても表層に留まるのでないことがわかる。更にそれを明白に物語るのが、TPEの展開だ。TPEとは、リセの学生が単独、あるいは少数のグループを作って特定のテーマについてのプロジェクトを立ち上げ、指導を受けつつも自力でそれを実行して、自立的な問題設定解決能力を育成するカリキュラムの項目である。TPEは2007年から必須化し、その成果の評価がバカロレアに組み込まれることになっている。また、過去のTPEのテーマでは既にイメージが文系に限り取り上げられているのだ。
 イメージ教育、つまりは鑑賞教育が日本でいう小中学校のレベルからフランスの学校へ浸透していたことがこれらの事例よりわかる。ここまで教育機関で用いられている資料のみに焦点を当てフランスの鑑賞教育の動きを見てきたが、これらの事例より何故フランスでの現代美術展来場者数が高い数値を出したのかが推察できるのではないだろうか。

2-1 日本の鑑賞者教育

 現代日本の学校における鑑賞者教育の状況を端的に言いあらわしている金子一夫の文章をここで引用したい。「一般的に美術活動には次の3種類がある。A創作、B鑑賞、C理論・批評である。この観点から言えば現在の学習指導要領は、創作活動が主たる内容になっていて、鑑賞は従たる内容である。理論・批評はほとんど無い。これは戦前の図画科、手工科という実習教科が前身である歴史的事情、創作は作品という客観的結果があり教育効果が判断しやすいこと、特に小学校児童は創作を好むことなどが理由であろう。 」また、鑑賞の授業が行われた場合も、作者の経歴や作品の特徴の知識を与える形式のものが多いと言われている。では、日本の鑑賞者教育はどのような経緯で現在の形になり、どのような地点へ向かおうとしているのだろうか。

(1)鑑賞者教育史
 1990年代以前の美術教育では、実用的、造形感覚の発達、技術を尊重する傾向が強く、美術教育は鑑賞よりも実技を重視していた。これは、明治初期から大正までの間、臨画主義 のもと極めて実利主義に近い技術習得のための美術教育が行われたことが発端と考えられる。また、西洋から輸入した美術教育カリキュラムの中に鑑賞教育が含まれていたにもかかわらず、臨画主義での鑑賞は、制作におけるモチーフの観察や生徒制作作品相互批評程度のものとしてしか捉えられていなかった。その理由の1つとして、当時の日本には美術館が無かった点が挙げられる。その流れは昭和まで続く。1936年に高等小学図画で用いられた教材の種類で説話教材と鑑賞教材は1つずつなのに対し、表現教材には自在画(思想画、写生画、臨画)、用器画、図案、と3つも発行されている。だが、学習指導要領へ鑑賞の実施を促す記述が全くなかったわけでは無い。ではなぜ日本の美術教育では鑑賞を殆ど行ってこなかったのだろうか。それは、鑑賞は表現と比べ評価をつけることが容易ではなく、鑑賞行為を通じて精神鍛錬がどのように成されるかの研究が日本において充分はでなかったことが臨画主義の継続につながったと考えられる。
 では、次に美術家が学校を訪問し実施している授業がどのようなものなのかをみてみたい。アーティストによる授業実施事業 は、2004~2008年の間にSTスポット横浜、文化課、子ども教育支援課、高校教育課4つの団体が協力して行った事業である。神奈川県内の幼稚園、小・中学校、高等学校、特別支援学校にアーティストを派遣し、総合的な学習の時間あるいは芸術系授業の時間にワークショップを行った。そのワークショップの実技と鑑賞の割合を見たいと思う。

(年度/授業数/実技数/鑑賞数、の順に表記)
2004/5/5/0
2005/7/7/0
2006/17/17/0
2008/11/10/1
2009/11/11/0

上記の表より、教育現場以外の組織も関わっている事業でも鑑賞より実技に重きがおかれていることが分かる。また、2008年度に行われた鑑賞授業は、「画家の視点で語る美術作品の見方レクチャー、色彩や構図について、作品鑑賞」とあり、従来の「聴講型の鑑賞」をひきついだものであることが伺える。
東京都写真美術館は先述した通り、小中学生、高等学校の児童・生徒が学校活動の一環として活用することを目的としたスクールプログラムを実施している。生徒たちに何を学ばせたいか、どのような体験を与えたいかによって学芸員がそれぞれの学校授業にあったプログラムを1つ1つオーダーメイドでコーディネイトしている。学校側から鑑賞に重点をおいたプログラム実施の要請があれば学芸員がそれに対応すると言えるだろう。
東京都写真美術館がスクールプログラムの一環として行っている体験学習プログラムをみてみたい。

(プログラムタイトル/プログラム概要/受入期間、の順に表記)
カメラの仕組みを学ぼう/カメラ制作・撮影・プリントを通じその仕組みを学ぶ。/通年
暗室体験!写真をプリントしてみよう/カメラを使用せず白黒写真の現像プロセスを体験する。/通年
映像体験!驚き盤をつくろう/19世紀の映像装置「驚き盤」を用いたアニメーション入門プログラム。/通年
映像体験!コマ撮りアニメーション/10秒程度のアニメーションをグループで制作する。/3学期

東京都写真美術館は「学校側から鑑賞に重点を置いたプログラム実施の要請があれば学芸員がそれに対応する」とあるため一概には言えないが、あらかじめ用意されているプログラム内容が全てハンズオン系であること、また日本の学校の教美術科目には鑑賞教育に対するノウハウや評価の仕方が未だ確立されていない現状を踏まえると、利用校の大半はこれらのハンズオン系のプログラムを受講しているのではないかと考えられないだろうか。
 だが、東京国立近代美術館では、2003年より開館日全日、対話型鑑賞に軸を置いた作品鑑賞ツアーを実施しており約2万7千人の来場者がツアーに参加しているように 、徐々にではあるが対話型鑑賞を行う美術館や芸術団体が増えており、現在は聴講型鑑賞から対話型鑑賞への過渡期であるとも言える。
また1989年までの小学校図画工作学習指導要領、中学校「図画工作」「美術」学習指導要領、高等学校「図画工作」「美術」「工芸」学習指導要領では造形活動に重きがおかれていたが、1998年の小学校学習指導要領改訂で「鑑賞の指導の充実」1999年の高等学校学習指導要領改訂で「コミュニュケーションとしての美術」2008年の中学校学習指導要領改訂で「鑑賞を通じて美術を愛好する心情を育てる」というフレーズ等を用いて鑑賞の重要性を強く打ち出していることからも美術教育での、それまでは目標に留まる程度だった鑑賞の立ち位置が大きく変化してきていることが分かる。
 現在は学校と美術館が各々の鑑賞教育を実施しているが、先に述べた通り日本の教育機関で鑑賞教育が重視され始めたのは10年程前からであり、それまでの間は教育機関側から鑑賞の対象として現代美術作品への積極的なアプローチがなされていなかったことが分かる。
 また、1950年代に具体美術協会の活動を当時の美術批評家たちは「造形」の観念に縛られ、新聞などの公のメディアがスキャンダルめいた報道を行う中、彼らの活動を正当に評価する事を躊躇っていた。後に具体美術協会の中心人物である吉原治良は「私は熟れつつある新鮮な果実を差し出してきたつもりであった。しかし、日本の批評家たちは誰かが、一口味わった後でないとなかなか喰いつこうとしない。」と述べている。また1960年代に隆盛をみせた読売アンデパンダン展では、作家の作品に腐敗の恐れがある、危険である、猥褻である、といった理由で陳列を拒否され、展示中の作品を作者も知らぬ間に美術館員によって撤去されるといった事も起こっていた。これらのことより、本来であれば作家や作品と社会の繋ぎ手となるべき批評家や美術館側もまた、全てではないにせよ、現代美術作品と社会を繋ごうとする試みを十分に行っていなかったことが伺える。

(2)鑑賞の評価
 次に、学校の美術教科で鑑賞の時間を取り上げにくくしている要因の1つ「鑑賞の評価方法」について考察したいと思う。
 学校での観点別学習状況の評価の観点は「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」の3項目である。重要度は記載順とするのが法令の約束事であるから、「関心・意欲・態度」が最重要観点であると言える。各観点の評価は題材ごとにA(十分満足出来る)、B(おおむね満足できる)、C(努力を要する)でされる。ただし、小学校低学年では教科の評定はされず、小学校中・高学年では3段階評価、中学校では5段階評価がされる。

【評価の観点】
小学校:造形への関心・意欲・態度、発想や構想の能力、創造的な技能、鑑賞の能力
中学校:美術への関心、発想や構想の能力、創造的な技能、鑑賞の能力
【評価の対象】
造形、構想、技能の能力→制作された作品
鑑賞の能力→鑑賞時の子どもたちの発言、様子

小学校図画工作及び中学校美術の観点別評価の観点も、既述の4観点に応じた内容になっている。すなわち小学校図画工作では、「造形への関心・意欲・態度」「発想や構想の能力」「創造的な技能」「鑑賞の能力」である。中学校美術では、「美術への関心」「発想や構想の能力」「創造的な技能」「鑑賞の能力」である。
教育評価項目が教育目標に対応するのは当然であると言える。前項で見た評価の4観点は、それに対応する4目標の存在が前提となる。実際、指導案に4観点と対応させて目標を4つ並べている例もある。ただ、1つの授業がいつも4観点と対応するような4目標、4評価規準を持つとは考えにくい。授業によって目標数は違ってくるはずである。最終的には、美術教育では作品が授業での指導の結果として残ることが多い。また、鑑賞の評価を行う際には、鑑賞時の子どもたちの様子から「関心・意欲・態度」の度合いをも見極めなければならない。授業中の児童生徒の一挙一動、表情から関心・意欲・態度を評価するのは危険だとは言えないだろうか。鑑賞時に生き生きとした表情をしていなければ低い評価を下されてしまう可能性があるからだ。真剣に鑑賞している子どもは時としてぼんやりしているように見えてしまうものではないだろうか。
国語や数学など「知識」を主題とする科目と異なり「感性」へ重きをおく科目である美術の評価方法が困難であることは自明である。鑑賞という、内面の変化に焦点をあてる取り組みであればなおさらである。だからと言って、例えば鑑賞を通じて子どもたちが感じたこと、考えたこと自体へ評価を行うことも正当ではないと言える。なぜなら曖昧さや多義性をあわせもつ美術作品から何を感じ取るかは子どもたちの自由でありその観念自体へ3段階、5段階で評価することは個々の「感性」へ重きをおくべき美術教科の方針とは明らかに違えるものだからだ。ここで、作品鑑賞に関するピカソの発言を引用したい。
「絵画作品というものは、あらかじめ構想されているものでも、固定化されているものでもありません。制作の過程で、画家の思考の変化に従って変貌するものなのです。そして完成した後も、作品を観る人の状況によってまた変わるのです。1枚の作品は、生き物のように自分の性を生きるのであり、日常生活がわれわれに課すもろもろの変化を蒙るのです。それは、絵画作品が観る人によって初めて生命を与えられることを考えれば、当然のことだと思います。」
新学習指導要領の「生きる力をはぐくむ」、1999年の高等学校学習指導要領改訂で「コミュニュケーションとしての美術」というフレーズが用いられていることを踏まえ、これからの鑑賞教育は知識重視のものから、鑑賞を通じ得た着想をどのように相手へ伝えているのか、その伝達手段の評価を重視することが「現代美術鑑賞者の自立的鑑賞」においても重要であるとは考えられないだろうか。

(3)学校と美術館の連携
 1995年に開館した東京都写真美術館で小中学校、高等学校を対象としたスクールプログラムや、1986年に開館した世田谷美術館が区内の小中学生を対象にした鑑賞教育が行われている。また、国立美術館が2006年度より小中学生の美術館を活用した鑑賞教育のための指導者研修を実施し教員から高い評価を得ているなど、学習指導要領の改訂もあり美術館と教育機関の歩み寄りが近年盛んに見られている 。
では、具体的な数値としてはどの程度の協力体制が生まれてきているのだろうか。埼玉県立近代美術館を一例に挙げると、2009年度の学校利用受け入れは100校となっており 、また、児童生徒利用は8400人と、どちらも過去3年実積の平均値より10%増以上となっていることから、双方の協力体制は順調に築かれていることが伺える。また、学校への職員派遣、資料貸し出しなどの連携事業は221件となっており、学校利用受け入れの2倍以上の数値を見せている。

学校利用受け入れ:100校
利用内容別学校数の内訳:小42校、中28校、高18校、幼9校、大3校
児童生徒利用数:8,400人
利用内容別学校数および児童・生徒数の内訳:小3,563人、中1,160人、高452人、幼533人、大29人(学校週5日制対応事業の内訳は含まれていない)
学校連携:221件(学校への職員派遣、資料貸し出し、連携事業など)

学校と美術館の連携事業が始まったばかりということもありこのような結果が出ているとも考えられるが、では、学校側が生徒と美術館に訪れるよりも、美術館側が学校へ出張する事業の方が倍近く利用されているのは何故なのだろうか。橋本忠和が教員を対象に行った、美術館での鑑賞教育を実施する上で不安に感じる要素の調査結果によると、移動時の安全及び時間確保を懸念している教員が多いことが伺える。
今後の美術館側の対応が重要になってくることは先に述べた通りだが、美術館に訪れるよりも学校での鑑賞を求めている教員が多いこともまた、鑑賞教育を考える上で強く意識すべきことではないだろうか。

2-3 現代美術と子どもたち

 1980年代の日本の教育機関では造形へ重きをおいた美術教育を行っていたのと異なり、米仏では各国独自の手法で、子どもたちを対象にした鑑賞者教育が始まっていた。日本と米仏の鑑賞者教育の差は果たして本当に、2009年度の展示会来場者数へ影響を与えているのだろうか。
 2009年時に鑑賞教育を受けた、あるいは受けていると推測できる人々の年齢層は日本が6~19才なのに対し米仏では6~44才となっている。では、日米仏のその人口と総人口の比率を比較してみたいと思う。
(2009年/総人口/鑑賞教育受給者/鑑賞教育受給者割合、の順に表記)
日本/12,716万人/1,662万人/(6~19才の人口)13%
アメリカ/31,466万人/16,675万人/(5~44才の人口)53%
フランス /6,230万人/3,060万人/(6~44才の人口)49%

アメリカが53%、フランスが49%とほぼ半数を占めているのに対し、日本は13%とその差は歴然である。だがこの数値はあくまで義務教育機関において鑑賞者教育を受けたであろうと考えられる人口の推計であり、彼らが展示会の実質の来場者かどうかの立証はここでは出来ない。けれども、少なくとも28年の鑑賞者教育の差があることは厳然たる事実である。これは、日本と米仏の現代美術展集客力が異なる理由を説明できる一つの根拠だとは言えないだろうか。
 これらのことより、現代美術普及を前提とした「現代美術鑑賞者の自立的鑑賞」「現代美術作家の経済的自立」のためのアートビジネスは、子どもたちを対象にしたものが適切であると考えられる。

→次へ(第3章 結論 現代美術の「教育ビジネス化」)

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プロフィール

松岡詩美

Author:松岡詩美
卒業論文『東京型アートビジネス-ツールとしての現代美術-』

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